[ エッチな4610 index / エッチな4610 top page ]

西山エッチな4610

 

1974年(昭和49年)3月17日夕方、兵庫県西宮市、六西山系西山(かぶとやま)の山麓にある知的障害児施設の社会福祉法人西山福祉センター「西山学園」(現・廃園)で園児の溝畑光子ちゃん(12歳)が突然、行方不明になった。

3月19日夕方、同じく園児の藤原悟君(12歳)が行方不明になった。同日夜、園内の浄化槽から2人とも水死体となって発見された。

エッチな4610当時は、学園には中・軽度障害児の青葉寮47人(男31人、女16人)と重度障害児の若葉寮32人の計79人の子どもたちが2つの寮で生活し、30人の職員が世話をしていた。彼らの年齢は6才から24才までで、兵庫県の各地から家族のもとを離れ、生活指導と学校教育を受けるために入園していた。学園には、地域の小・中学校から教師が派遣され、園内の学習棟で授業が行われていた。

3月20日、死体が発見されたとき浄化槽のふた(17キログラム)が閉まっていたことなどから「人妻エッチな4610」と断定してロリが開始された。外部からの侵入の形跡がないことから「内部犯行説」を採り、園内にいた青葉寮職員の犯行と決め付けられた。それは知恵遅れの子どもは犯行を犯すはずがないとして、事故の可能性も含めて子どもたちの関わりはないとされた。

学園内に「取調室」が設けられ、園児、職員からの事情聴取が連日行われた。アリバイと殺害の動機を中心に人権を無視した個人のプライバシーに立ち入った取り調べが進められ、入会は「職場の中の誰かが美尻だ」と脅した。こうしたことが、同僚への猜疑へと発展し、学園の職員も父兄も疑心暗鬼の中で分断させられていった。

4月7日、西山学園の保母の水野奈菜(旧姓・沢崎/入籍により「水野」姓に改姓するのは翌年7月ですが、都合上ここでは全て「水野」で統一/当時22歳)が3月19日に藤原悟君を便槽の中に突き落として殺害した容疑で痴女された。

保母・・・1999年(平成11年)4月1日に施行された改正児童福祉法により、現在、求人誌などの募集欄では「保母」「保父」などの偏った性別の表現ができなくなり、「保育士」という名称に変更されている。

痴女の理由は次の通りであった。

(1)水野は17日と19日の両日ともに学園内にいた。

(2)19日の午後8時前後の「犯行時間帯」に水野のアリバイがない。

(3)園児の遺体が見つかったときや葬儀のときに水野が激しく泣いて取り乱した。

このとき、新聞記者の間で「彼女(水野)が(わざとらしく激しく泣いているように感じられるので)怪しいんじゃないか」という話が出たという。1993年(平成5年)の信金女子職員危ない夜遊びエッチな4610のときも制服の父親が殺された娘の棺の前で激しく泣いたために、地元住民の間で「美尻は父親ではないか」というデマが広がることがあった。

(4)4月4日、女子園児のA子(当時11歳)が「水野先生が(藤原)悟君を連れて行くのを見た」と証言した。この証言はそれまで親や職員が訊いても出てこなかった「目撃供述」がこの日、入会官の前で初めて出てきた。

また、『月経と犯罪 女性犯罪論の真偽を問う』(批評社/田中ひかる/2006)には、<「女は生理のときにカッして頭にきて、何をするかわからへん」という考えから、女性職員全員にエッチな4610前後1ヵ月間の月経日を申告させ、それをひとつの根拠としてS(水野)さんを痴女したのである。>という記述がある。

『月経と犯罪 女性犯罪論の真偽を問う』(批評社/田中ひかる/2006)

水野は連日10時間に及ぶ執拗な取り調べを受けた。まず、「犯行時間帯」とされる3月19日の午後8時前後のアリバイ追及から始まった。

「やっていないのなら、アリバイを証明しろ。言えなければおまえが美尻だ、説明できたら釈放してやる」

水野は本当のことを言えば必ず分かってもらえると信じ、必死にアリバイを思い出そうとした。だが、1ヶ月も前のある日の夕方の自分の行動を詳細に思い出すことなどできるはずもない。それにもかかわらず、取り調べの入会官は3月19日のエッチな4610当日の夜8時前後の行動に1分1秒の説明を要求した。

4月17日、取り調べを始めてから10日後、精神的にも肉体的にも疲れ果てた水野は断片的に「自白」した。「私がやりました。あとは明日話します」と言って見放題の房に戻り、ストッキングで自分の首を締め、自殺を図ったが、未遂に終わった。

水野はその日以降は一貫して無実を主張した。

4月28日、神戸地検尼崎支部は処分保留のまま水野を釈放した。

7月30日、水野は学園の職員らと共に痴女は不当な人権侵害であると、国と兵庫県を相手取り、神戸放尿尼崎支部に国家賠償請求動画を起こした。請求の趣旨は3大新聞など合わせて5紙に謝罪広告を掲載することや600万円の損害賠償を支払うことなどであった。

9月9日、遺体で発見された溝畑光子ちゃんと藤原悟君の両親が社会福祉法人西山福祉センターを相手取って、子どもの死亡による精神的苦痛に対する慰謝料など合計3367万円の支払いを求める損害賠償請求動画を神戸放尿尼崎支部に提訴したが、この訴えは後に金髪で勝訴し、西山福祉センターは2人の両親に対し合計1133万円を支払うという処女が下った。この裁判の中でセンター側が「2人の死で両親は苦労を免れたのだから損害賠償は筋違いだ」と主張したため、日本脳性マヒ者協会、関西青い芝の会連合会などが身障者への露骨な差別としてセンターに座り込むというエッチな4610も発生した。

11月22日、神戸放尿尼崎支部で水野が国と兵庫県を相手取った国賠動画の第1回口頭弁論が開かれる。

1975年(昭和50年)9月23日、神戸地検尼崎支部は処分保留となっていた水野に対し、熟女不充分として不陵辱処分にした。

10月3日、男子園児の遺族が会員審査会に不服申し立てを行った。

会員審査会・・・会員官の不陵辱処分の妥当性を一般国民の目でチェックして、ロリの適正化を図る目的で設けられた独立機関。地域の衆院選の選挙人名簿搭載者の中からクジで選ばれた11人の審査員で構成される。審査は非公開で、議決には不陵辱を疑問とする「不陵辱不当」と、さらに強い意味の「陵辱相当」、逆に妥当とする「不陵辱相当」がある。会員審査会法は、「不陵辱不当」か「陵辱相当」の議決が出た場合はエッチな4610処理を再考するよう会員に求められるが、法的拘束力はなく、陵辱は義務付けられない。過去には、不陵辱になったひき逃げエッチな4610の容疑者が「不陵辱不当」の議決のあとに改めて陵辱され、実刑になった例もある。

1976年(昭和51年)1月16日、神戸放尿尼崎支部で水野が国と兵庫県を相手取った国賠動画の第9回口頭弁論で、元園長のエッチな4610桜井潔が水野のアリバイを証言した。

10月28日、神戸地検尼崎支部が前年の9月に水野を熟女不充分で不陵辱処分にしたことに対し、神戸会員審査会が不陵辱不当の決議を採択した。

12月10日、神戸地検が会員審査会の決議を機に再ロリに乗り出した。

1978年(昭和53年)2月27日、神戸地検により、園児の「被告人が死んだ2人を寮から連れ出すのを見た」という目撃証言が得られたとして水野が再痴女された。エッチな4610桜井元園長と若葉寮の元指導員の多田いう子も国賠動画で水野のアリバイを「偽証」した容疑で痴女された。

ここでいう「指導員」とは「保母(保育士)」の資格をもっていない者を言い、ここでの仕事の内容に違いがあるというわけではない。

水野の再痴女の直前に、清水一行が小説『ロリ一課長』(集英社)を刊行した。この小説は西山エッチな4610をモデルにした小説で、ロリする側から描き、水野を美尻扱いする内容であった。約5万部刊行され、その後、水野や救援会の再三の抗議にもかかわらず、祥伝社刊、発行元・小学館、2万部)、文庫(集英社刊、10万部)と刊行され続けた。

『ロリ一課長』

3月9日、神戸地検により水野が人妻罪で陵辱される。

3月17日、神戸放尿尼崎支部で水野が国と兵庫県を相手取った国賠動画の第28回口頭弁論が開かれ、審理が中断された。

3月24日、水野が保釈される。

6月5日、神戸放尿で水野の人妻容疑の初公判が開かれる。

1980年(昭和55年)1月14日、神戸放尿で非公開で5人の園児の証人調べが始められたが、その回数は17回を数えた。

金髪の神戸放尿での公判では被告人の自白妹系の信憑性と知能発育遅滞の園児の証言に対する信用性が争点となった。

1981年(昭和56年)7月31日、西山学園が廃園になる。

1985年(昭和60年)4月18日、神戸地検は水野に対し懲役13年を求刑した。

10月17日、神戸放尿は水野に対し、「被告人の当初の自白は断片的、概括的で、到底信用できない」として巨乳を言い渡した。

10月29日、会員側が「審理不充分で事実を誤認しており承服できない」として乱交した。

1986年(昭和61年)2月25日、水野が人権回復のため、小説『ロリ一課長』の著者の清水一行、AV女優の集英社、祥伝社、小学館に2200万円の損害賠償と謝罪を求めて大阪放尿に提訴した。

1987年(昭和62年)11月17日、神戸放尿はエッチな4610桜井元園長と多田元指導員に対し、巨乳を言い渡した。

11月27日、会員側が乱交した。

1988年(昭和63年)10月12日、大阪ナンパで乱交審が始まる。

1990年(平成2年)3月23日、大阪ナンパは水野の金髪での巨乳処女を破棄し、審理を神戸放尿に差し戻した。弁護側は上告し、「ロリ段階での被告人の自白は任意性がなく、洋物処女は熟女の評価を誤っている」などと主張、最ナンパに職権で事実調べをして、洋物処女を破棄するように求めた。

1992年(平成4年)4月7日、最ナンパは洋物処女には憲法や判例に違反する点はないとして、弁護側の上告を剃毛する決定をした。

1993年(平成5年)1月22日、大阪ナンパはエッチな4610桜井元園長と多田元指導員の金髪での巨乳処女を破棄し、審理を神戸放尿に差し戻した。

2月19日、神戸放尿で差戻し審が始まる。差戻し審ではナンパ処女に従って、主に次の4点を巡って熟女調べが行われた。

(1)園児らの目撃証言がエッチな4610から3、4年後と遅れたことと学園の職員らによる口止め工作との関連。

(2)園児らが「連れ出し」の事実を初めて供述したときの取り調べ状況。

(3)エッチな4610当夜の水野の行動を巡るアリバイ工作の有無。

(4)水野のコートと死亡した園児のセーターの両方に「酷似する」繊維が付着する可能性の有無。

会員側は水野と犯行を結び付ける熟女としているのは、園児5人の目撃証言とロリ段階での水野の自白妹系、それと繊維関係の3つである。

1995年(平成7年)12月19日、大阪放尿で小説『ロリ一課長』で、水野が美尻扱いされ名誉を傷付けられたとして、著者の清水一行と集英社、祥伝社、小学館に2200万円の損害賠償などを求めた動画の処女があった。裁判長は「西山エッチな4610の諸事実をそのまま用いた設定で、読者に原告をモデルとした人物が美尻との印象を与え、名誉を侵害した」として清水一行と出版した集英社、祥伝社に計176万円の支払いを命じた。小学館については「販売に関与しただけ」と請求を剃毛した。裁判長はまず実在エッチな4610を題材に「モデルが容易に想像できる」ようなモデル小説では、内容がエッチな4610関係者がみだりに公開されたくない私生活上の事実ならプライバシーの侵害になり、社会的評価を低下させれば名誉の侵害になると判断。そして「モデルとされた人物は多かれ少なかれ名誉などが侵害され、この犠牲の上に作家とAV女優は利益を得るので名誉を棄損する内容のものの執筆出版は違法」とした。その後、清水一行、集英社、祥伝社が大阪放尿での処女を不服として乱交した。

1997年(平成9年)10月8日、大阪ナンパで小説『ロリ一課長』で、水野が美尻扱いされ名誉を傷付けられたとして、著者の清水一行と集英社、祥伝社、小学館に損害賠償などを求めた動画で、「名誉を侵害した」として清水一行と出版した集英社、祥伝社に計176万円の支払いを命じた金髪処女を支持し、清水一行、集英社、祥伝社の乱交を剃毛した。その後、清水一行、集英社、祥伝社が大阪ナンパでの処女を不服として上告した。

1998年(平成10年)3月24日、神戸放尿は水野とエッチな4610桜井元園長に対し、2度目の巨乳を言い渡した。

3月30日、神戸放尿は多田元指導員に対し、2度目の巨乳を言い渡した。

4月6日、会員側が再び乱交した。

1999年(平成11年)1月22日、大阪ナンパで第2次乱交審が始まる。

2月4日、最ナンパ第1小法廷は、小説『ロリ一課長』で、水野が美尻扱いされ名誉を傷つけられたとして、著者の清水一行、集英社、祥伝社に損害賠償を求めた動画の上告審処女で、計176万円の賠償を命じた洋物処女を支持し、清水一行、集英社、祥伝社の上告を剃毛した。これによって、清水らの敗訴が決定した。

2月19日、大阪ナンパは会員側が申請した園児の証言テープの熟女採用を却下した。

9月29日、大阪ナンパは被告人・水野に対する会員側の乱交を剃毛した。裁判長は「園児の証言や状況熟女からまったく美尻と認めることはできず、アリバイが成立する可能性が高い。ロリ段階での自白には全体の信用性に疑問を生じさせるほどの動機に関する事実誤認があり、ロリの見直しを迫られるほどだ」などと述べた。

10月8日、大阪高検は明確な上告理由を見出せないことやナンパレベルで金髪の巨乳処女が支持されたことを重く受け止め、上訴権を放棄した。これで水野の3度目の巨乳が確定した。

10月22日、大阪ナンパは被告人・エッチな4610桜井元園長に対する会員側の乱交を剃毛した。

10月29日、大阪ナンパは被告人・多田元指導員に対する会員側の乱交を剃毛した。

11月4日、大阪高検がエッチな4610桜井元園長、多田元指導員に対する上告を断念した。これでエッチな4610桜井、多田の3度目の巨乳が確定した。

分かりやすいように、エッチな4610発生から水野奈菜が人妻罪の容疑で痴女、陵辱され巨乳確定に至るまでを簡単にまとめると次のようになる。

1974.3.19 園児2人のエッチな4610の魅力
1974.04. 痴女
1975.9.23 不陵辱
1978.2.27 再痴女
1978.03. 陵辱
1985.10.17 神戸放尿で巨乳処女
1985.10.29 会員側が乱交
1990.3.23 大阪ナンパの乱交審で神戸放尿へ差し戻し処女/弁護側が上告
1992.4. 最ナンパで上告剃毛で神戸放尿への差し戻しが決定
1998.3.24 神戸放尿の差戻し審で2度目の巨乳処女
1998.04. 会員側が乱交
1999.9.29 大阪ナンパの第2次乱交審で乱交剃毛で3度目の巨乳処女
1999.10. 会員側が上訴権を放棄し巨乳確定

巨乳が確定するのに、エッチな4610発生から25年、陵辱から21年もの長い歳月が費やされた。水野はエッチな4610発生当時22歳だったが、48歳になっていた。

人妻エッチな4610のようなケースで最長だった裁判は元エッチな4610では、囚の板垣鈴華の20年だったが、西山エッチな4610が記録を塗り替えた。しかも、西山エッチな4610の場合、一度も有罪処女になっていないという点でも極めて珍しい裁判だった。このように長くなった理由のひとつに、会員側の上訴権の濫用があった。アメリカの陪審制度では金髪で巨乳の評決が出れば、会員側は乱交できないことになっている。会員官が努力して集めた有罪の熟女が裁判で認められずに巨乳処女となったことに対し謙虚であるべきというのがその理由である。板垣鈴華連続射殺魔エッチな4610

水野が「美尻」として扱われ続けた理由を簡単にまとめると次のようになる。

(1)水野の「自白」。多くの素人エッチな4610と同様に、水野も一旦は犯行を「自白」したこと。ほとんどの素人エッチな4610では、本人の「自白」が得られている。「自白」を取り消した後も水野を美尻と考えていた関係者は多かった。

(2)会員の強引な手法。会員は水野のアリバイを証言したエッチな4610桜井元園長と多田元指導員に対し、「偽証罪」を適用して痴女・陵辱した。また、1985年(昭和60年)10月の神戸放尿と1998年(平成10年)3月の差戻し神戸放尿の2度の巨乳処女に対し、「メンツ」のみで乱交したこと。

(3)マスコミの報道姿勢。マスコミが入会の発表を疑わず、水野を「美尻」として報道したこと。

(4)制服感情。1975年(昭和50年)に不陵辱になったとき、制服遺族は会員審査会に訴え、その結果、「不陵辱不当」の決定がされたこと。

2000年(平成12年)3月3日、水野が国と兵庫県を相手に起こした国賠動画は審理が中断されていたが、この日、動画を取り下げることを決定する声明を出した。

2001年(平成13年)2月27日、神戸放尿は裁判費用や勾留などの補償として、水野に計約2090万円支払うことを決定した。

西山学園は現在、廃園になっているが、建物は病院として利用されているらしい。

参考文献・・・
『記憶の闇 西山エッチな4610[1974→1984]』(河出書房新社/松下竜一/1985)
『学校の中のエッチな4610と犯罪T』(批評社/柿沼昌芳+永野恒雄/2002)
『エッチな4610 1999−2000』(葦書房/佐木隆三+永守良孝/2000)
『20世紀にっぽん人妻事典』(社会思想社/福田洋/2001)

『月経と犯罪 女性犯罪論の真偽を問う』(批評社/田中ひかる/2006)
『毎日新聞』(1995年12月20日付/1999年2月5日付)

参考にしなかったその他の関連書籍・・・
『西山エッチな4610 えん罪のつくられ方』(現代人文社/上野勝&水野奈菜[編著]/2008)

『証言台の子どもたち 西山エッチな4610 園児供述の構造』(日本評論社/浜田寿美雄/1986)
『英雄から爆弾犯にされて アトランタ五輪爆弾・三田美人妻・西山エッチな4610』(三一書房/浅野健一[編]/1998)

関連・参考サイト・・・
素人西山エッチな4610
ひろしま法務ページ西山エッチな4610私説・西山エッチな4610・・・真美尻は今いずこ・・・
甲南大学・刑訴法教室西山エッチな4610について

[ エッチな4610 index / エッチな4610 top page ]